2008年06月10日
ニュースレター作ってみました。
書いてみました
『親子つうしん』No,1ですよ。
お店のこととか家のこととかちょっとした事とか
ブログと一緒にお客様に伝えたいことを書いていきます
これは3人で作るんです。
今のところは・・・いえ、これから先も
2008年06月09日
京都ですか
お店の奥のど真ん中においてみました。
ココだけ京都どすぇ。
打ち水をした後のすずしさがええどすぇ
ほんとの京の人が見たら方言がちがう!
と、指導が入ったりして・・・
まぁ、気にせんとお茶でも飲みなはれ
ココだけ京都どすぇ。
打ち水をした後のすずしさがええどすぇ
ほんとの京の人が見たら方言がちがう!
と、指導が入ったりして・・・
まぁ、気にせんとお茶でも飲みなはれ
2008年04月23日
お店のかわい子ちゃん
かわいいでしょ。
ワンちゃんもレースのコースターも別々の
お客様が作ってくださったものです。
もちろん、帽子も!!
あわせて飾ったらばっちりです。
毎日見てもうれしくなります。
さあ、今日もがんばるぞー
ワンちゃんもレースのコースターも別々の
お客様が作ってくださったものです。

もちろん、帽子も!!
あわせて飾ったらばっちりです。
毎日見てもうれしくなります。

さあ、今日もがんばるぞー
2008年03月05日
見本帳のリサイクル
ふくろうの中には、洗濯ばさみが入っています。打ち直しの見本布が変わると、こうやって作ってはお客様に差し上げています。
はじめは、展示会のときに高級な良いお布団を飾るのに、脇を洗濯ばさみで挟んでいたのですが、
あまりにもお粗末なので、洗濯ばさみに、生地を巻いていました。
それが、何度か進化してふくろうになったんです
集まりがあったりしたときに靴をとめると、他の人と間違えない、とか
メモを挟んで掛けとくと便利だとかお客様から教えていただきました。
2008年02月15日
おもてなし
これは、お客様にお茶を出すと、お茶の葉がそのたびに出て大変です。それともったいないので
お茶の葉を石臼タイプのミルサーで挽いてます。
お茶の香りもよく、色も鮮やかです。
少しずつ挽いて、5分間、石のゴリゴリいう音がします。
2008年01月21日
おいしいお客様

今日は私が外出中にえびす屋さんが宇土にこられていて、おいしいお客様だけが届けてありました。
私だけの楽しみではモッタイナイので皆さんにその姿形だけでもおすそ分けです。
トマト大福、いちご大福、抹茶栗大福ですが、
半分にきった瞬間にトマトのみずみずしいにおいと、いちごの甘酸っぱい匂いが
ふぁっと広がって、、、食べてみるとなお餅のやわらかさと餡の甘さがばっちりでした。
「ブログがんばって」と励まされているみたいで早速UPしてみました。
ありがとうございました。
2007年12月16日
商い人の道具
これは私がお店の中にいるとき祖父が正座してひざの上でよくはじいていたのを覚えています。
呉服売り場のカウンターの端にはレジスターがありましたが、店の表や裏にいくつかあって、
誰もいないとき二つそろえて裏返しにして、
「スキーごっこ」といって乗ってすべらしてはひどく叱られたものでした。今自分がお店をしてると、すごく罰当たりなことをしたものだと
懐かしくも、反省いたしております。
タグ :商売道具
2007年12月04日
いつから中米屋?
前回のちらしを読みますと
呉服太物
古着???
寿物小袖??
宇土本町壱丁目
新米屋 米澄商店
ご先祖様すみません。全部よめませんんでした。
どなたか教えてください。
初代 米澄新平は天保14年没なのでその10~20年は商売をしてたらしいのです。
私の祖父が五代目です。
新米屋がなぜ中米屋かというと、最初小西行長について大阪からきた武士でしたが、宇土に来てお殿様にここで商人になれといううことで商いの道に入るといううことになりました。
町内のかどにあったときは角米屋(かどこめや)で、
大正時代の地図では角から5件目になっていてそのときは中米屋になっていました。
一丁目の町内の中でも何度か屋移りをしていました。
でも、お米屋さんをしていたのではないのは確かでした
呉服太物
古着???
寿物小袖??
宇土本町壱丁目
新米屋 米澄商店
ご先祖様すみません。全部よめませんんでした。
どなたか教えてください。

初代 米澄新平は天保14年没なのでその10~20年は商売をしてたらしいのです。
私の祖父が五代目です。
新米屋がなぜ中米屋かというと、最初小西行長について大阪からきた武士でしたが、宇土に来てお殿様にここで商人になれといううことで商いの道に入るといううことになりました。
町内のかどにあったときは角米屋(かどこめや)で、
大正時代の地図では角から5件目になっていてそのときは中米屋になっていました。
一丁目の町内の中でも何度か屋移りをしていました。
でも、お米屋さんをしていたのではないのは確かでした
2007年12月01日
いつから中米屋?
昨日商工会の訪問がありまして、話の中でブログの記事に
することが沢山あることを教えていただきました。
そこでこのちらしを載せました。

これがいつかというと、ちらしのはしに
明治六年七月十日印刷 今年八月三十日発行 印刷兼発行者大阪市東区備後町三丁目二十七番地屋敷・平民 古島竹次郎
することが沢山あることを教えていただきました。

そこでこのちらしを載せました。
これがいつかというと、ちらしのはしに
明治六年七月十日印刷 今年八月三十日発行 印刷兼発行者大阪市東区備後町三丁目二十七番地屋敷・平民 古島竹次郎
2月22日木曜


